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梅崎春生の終戦、坊津のダチュラ「幻化」

      2018/07/16



梅崎春生の「幻化」が描く、坊津

人はなぜ、旅をするのだろう。

日常からのエスケープ、見知らぬものへのあこがれ、

はたま懐かしいものとの再会。

戦争作家、梅崎春生にとって、坊津(ぼうのつ)への旅の目的は、なんだったのでしょうか。

次の一文は、「幻化」で主人公の五郎が、耳取峠を登り切ったときの描写です。

「忽然として視界がぱっと開けた。左側の下に海が見える。すさまじい青さで広がっている。右側はそそり立つ急坂となり、雑木雑草が茂っている。その間を白い道が、曲りながら一筋通っている。」

いまも、坊津への道は、こうです。

「耳取峠」から、まるで海へ落ちていくような下り坂。それが坊津への入り口です。


「甘美な衝動と感動が、一瞬五郎の全身をつらぬいた。

「あ!」

彼は思わず立ちすくんだ。

「これだ、これだったんだな。」」

そして、主人公五郎は、ここで終戦を迎え、解放されて初めて見た風景であることを、思い出します。

私たちも、初めて見る光景なのに、こう思うことがありますよね

土地の霊との交信、とでもいいますか、そんな瞬間が、旅にはありますよね。

 

「海が一面にひらけ、真昼の陽にきらきらと光り、遠くに竹島、硫黄島、黒島がかすんで見えた。」

梅崎春生の描写力には、一部の狂いもありません。いまでも、この通りの光景が待っています。

「海」とは、日本海です。しかし、坊津の海は、陽気です。あの北国の海ではなく、明るくのびやかで開放的です

 

坊津で、梅崎はなにを見たのか

 

「幻下」の作者、梅崎春生は、昭和20年に海軍に召集され、坊津に赴任します。

そこから梅崎はすぐ桜島に転勤し、終戦を迎えます。名作「桜島」は、その顛末を描いたもの。

最初の赴任地、坊津は、海の特攻隊「震洋」の秘密基地でした。

そもそも坊津というところは、小さな集落に過ぎないのに、一筋縄ではいかない歴史的宿命を帯びています

日本に仏教を定着させた唐の高僧「鑑真和上」の上陸地です。

鎖国時代には密貿易の拠点でもありました。

それは大陸に向かって開かれていながらも、海岸線が50キロにも及ぶ複雑なリアス式海岸のせいです。

来ることも隠れることも、密かにできる隠れ港です。

街並みも当然、密貿易にふさわしく作られています。

町を「冥府」と、梅崎は形容していますが、いまでも、その雰囲気は残っています。

倉浜荘は、その典型。

二階の障子を開けると、そこに部屋はなく、一階の土間に飛び降りられます。壁を開くと、隠し部屋が出現します

これらは「ここから逃げて、ここへ隠れる」ための仕掛けです。

実は、梅崎が坊津を訪れたのは、戦後20年たってからです

そして、ここを舞台に小説「幻化」が誕生し、最後の作品となりました。

「どうしてもこの土地を見たい。ずっと前から考えていたんだ。今は失ったもの。二十年前には確かにあったもの。それを確かめたかったんだ。」

主人公の叫びは、梅崎の叫びです。梅崎春生は、何を確かめたかったのでしょう。

短い坊津の赴任中に、失った何があったのでしょうか。

 

 

 

さて、

物語は、「幻化」で重要な役割を担った「ダチュラ」の話に進みます。

その前に、坊津の海や集落の光景をお楽しみください。



 
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